最初におことわり
この記事は、最後まで読んでいただくとよくわかりますが、決して仏教を拒否・否定するものではありませんのでご了承願います。
「ぼったくり」はストレスですね

バンコクの南西にあるリゾート地、ホアヒンからバンコクへ帰るミニバスの中で、スペイン人の方と隣になったんです。
バス停で待っていてもミニバスが来ないので、彼女と二人でどこだどこだ!?と探した挙句近くの駐車場に停車していたのを見つけて飛び乗るという小さなハプニングがあったことがきっかけとなり、バスの中でも会話。アメリカで学んだとのことで英語も話しやすい。
その中で、こういう会話がでてきました。
スペイン人「タイに来てフラストレーションは、お金を高く取ろうとする人がいること!」
スペイン人「こっちのお土産屋さんで100バーツで売ってたものが、少し歩くと150バーツで売ってたり、タクシーは高い値段言ってきたりする!どう思う?」
ワタシ「イラつくんだねー。まあワイにとってはコミュニケーションみたいなもんかなあ」
ワタシ「高いなら高い、って言えばいいし、あっちじゃ100バーツだったなら、『あっちの店で100バーツだったから、2つ買うから150バーツにしてくれない?』とか、いろいろ交渉できるよ。」
ワタシ「何より、いやだったら『嫌:NO』っていつでも言えるしね。」
ワタシ「もちろん、金を盗もうStealとする人は、近づきたくないしいやだけどね。」
彼女はアメリカで化学を学んで、今は某薬品系会社でマネージャーをされているとのことで、薬品についての国ごとのルールの違い、シキタリの大変さなどを語ってくれました。
きっと毎日バリバリ仕事しながら、いろいろ細かいことも考えながら過ごしているようで言葉の節々に、厳しさがにじみ出てました。その後もLINEで何度か情報交換しました。
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日本のブログなどでもよく「ぼったくりにあった!」という記事があります。ガイドブックでも警戒するように書かれています。
多くの人が値段が決まってなかったり、ちょっと高い値段がいきなり言われたりすると、不当に金を得ようとしてるんじゃないか!?っていう点は、ストレスになるものだと思います。
また、ブログ記事などによれば、タイがらみの投資詐欺とか結婚詐欺とか、ものすごく大きな詐欺事件もあるようです。日本人が日本人を相手に詐欺を仕掛けることもあるという記述を見て、複雑な気持ちにもなったものです。
今回取り上げたいのは、そういった大きな金が絡む詐欺事件ではなく、あくまで街でよく出会う「ちょっと高い値段を言われた」系の話が起こる理由に、タイ仏教のある観念が関係してるんじゃないかという話をします。
ちょっと値段を高く言ってくる行為に対して、嫌悪感を抱くことが減り、いやならいやって言って問題ないこと、その理由を知り、タイの個人旅行を楽しめる人が増えたらいいなと思って記します。
来世に備えて、徳を積む。みんな積む。
徳を積む(タンブン)で来世にいいこと
ところで突然ですが、タイに行くとお寺がたくさんありますね。
入場料がかかるところとかからないところがありますが、たいていの場合、外国人よりタイ人のほうが価格が安い、または無料です。寺院以外でも入場料があるところはたいてい傾斜がついています。
ちなみにワット・ポーの入場料は2019年12月では外国人200バーツ(約700円)ですが、タイ人はなんと無料です。ちなみに200バーツは屋台で4食分くらいです。
最初、いわゆる外国人料金かと思いましたが、いくつか中に入ってみると理由がわかります。
ワット・ポーなど、超有名寺院は外国人がたくさんいますが、その中でも本堂に入るとタイ人は、みんなお祈りする。3回頭を下げてお祈りする。日常生活の中にお寺に行くことが織り込まれている感じです。街中の祠でも手を合わせたり、広場にある場合なんかはそこで跪いてお祈りする人が何人もいます。
つまり価格傾斜の理由は、「日常生活で大切なお祈りのために来るタイ人から、高い値段もらっちゃダメでしょ」ということだと思います。
じゃあなんで、お祈りが大切なのかというと、タイ人の間には「徳を積む」という概念があるからです。
お祈りをすると、徳が積まれます。
徳を積むことを「タンブンする」といいます。
さらに、仏教の基本概念である輪廻転生をみんな信じていて、タンブンとくみあわさって、以下のように考えられています
「この世でいいことをして徳を積めば次の世でいいことがある。」
「今よくないことが起こっているときは、前世であまり徳を積んでいなかったせいだ」
こんな風に考えるわけです。
だから、来世でもいいことがあるように、せっせとお祈りに行って、タンブンをします。
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「いいこと」をしても徳を積める
ところで、徳を積むにはお寺に行くほかにも、人に親切にしてあげることもよいようです。
タイでは人に親切にしたり、席を譲ってあげたり、足の悪い人を手伝ってあげたり、が自然にできる雰囲気があります。私もいろいろと助けてもらいました。
日本だと、席を譲ってあげようとしたら、断られる場面もありますよね。遠慮もあるかもしれないし、「自己責任」とか「人に迷惑をかけない」という観念が強く、それはそれでよいと思います。
タイだとむしろ、人に席を譲ってもらったら甘えてしまっても、譲ってくれた人に徳が積まれるので、決して迷惑でもないのです。
つまり「来世への徳の持ち越しが可能」ということを「みんなが信じている」というポイントが、人々の観念に大きく影響していると思われます。
そして、
人間は良いことをすると気分が良いですよね。お祈りに行った友人も「気持ちがいいね」と言っていました。お祈りも「いいこと」の一つ。そこに心の安らぎがあるのだと思います。
象徴的なCM
上記のような概念が浸透しているとどうなるか?
多くの人が見るテレビCMで、以下動画のような文脈が成立します。
道端の物乞いのお金をあげたり、隣のおばあさんにバナナをあげたり、屋台を動かすのを手伝ってあげたり。これって、タイでは「ありそう」な話なんですよね。
実際には日本よりも犯罪率は高いし(といっても安全ですが)交通環境は悪いし喧嘩も詐欺も殺人もありますから、あくまで良い部分を切り取っています。
しかし、日本で○○生命保険会社が同じようなCMを作って、犬に自分の食事を分けてあげたり店を手伝ったり道のホームレスにお金をあげてたら感謝されてっていうのをテレビで放送したとしたらどんな画になるか?いかにも胡散臭いCMになって、そんなことあるわけないじゃん!という反応になるでしょう。
まさに、タイだからこそ成り立つCMです。
もう一つ、某タイのYouTuberの動画も載せておきます。
ちょっと長い動画なんでネタバレでストーリーを述べてしまうと、
ロータスというスーパーでものすごくたくさんの物を購入して、何をするつもりなのかな?と思ったら、実は孤児院に寄付(施し)をする話です。
(タイのスーパーの雰囲気がよくわかって面白いです・お米は確かに安い)
動画の最後のほうでこう述べています
TJ氏「僕はタイ人とのハーフじゃないですか。タイ人てこういうことをするのは当たり前なんですよ。文化的に」
特に持たざる者に対して、「施し」をすることが「徳」につながる。それが、多くの人の間で共有されているということでしょう。
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ちなみに、私も施しを受けました。


外国人に高い値段を言う理由
外国人に対して高い値段を言う理由なんですが、結論から言うと、
「施しをした側に徳が積まれると考えるが故に、あんまり罪の意識が無い」
ということではないかと思います。
多くのタイ人ドライバーにとって、外国人は金持ちです。
例えば、バンコクでのタクシー運転手の平均所得は、下記のWebサイトによれば、個人差はあるが2万バーツ程度となっています。これは、2020年1月のレートでおよそ7万円ほどです。
https://asia-community.net/%E3%82%BF%E3%82%A4%E4%BA%BA%E3%81%AE%E6%9C%88%E5%8F%8E11-5%E4%B8%87%E5%86%86%E7%B4%8432000%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%84-%E5%B9%B4%E5%8F%8E%E3%81%AF138%E4%B8%87%E5%86%86%E3%80%90%E8%81%B7%E6%A5%AD/
ファラン(西欧人)や日本人はお金があると思われているし、実際、タイに旅行に来る生活レベルのG7諸国の人で、本国で月700ドル程度で生活している人はほとんどいないと思います。
こういった条件の中、
「外国人、お金持ってるんでしょ?じゃあちょっとくらい高く言って『施し』をもらっても、悪いことじゃないよね!いいよね!」
という考えなのでしょう。
このような考えを許せるかどうかは個人の考え方によりますからジャッジはできませんが、私自身は以下のように思います。
実際タクシーは先進国に比べたら格安、かつ、運転してくれるという行為自体は日本でもタイでも同じですから、それほど目くじらを立てる必要もなかろうと思うのです。
中には、「のちに使う日本人に影響があるからぼったくり価格やチップを気前よくあげすぎるのはよくない!」っていう意見もあり、まあ個人的にも不必要に高い金を払うのは嫌なので高すぎる値段については交渉したりNOといいますけどね。
タイでは法律的考え方よりも、仏教の考え方のほうが強いんだなということを学びました。
「施し」的考え方ゆえに、NOといってもよい
ここがとても大切な点なのですが、
提示価格が嫌なら、「嫌」って言っていいんです
相手もそもそも高い値段を言っている意識はありますから、
「じゃあいくらならいい?」など言ってくれます。
(注:トゥクトゥクでカオサンから空港まで、など無茶な要求の場合はかなり高い値段を言ってきますから、相応を知っておくことは必要です。
ファランの家族の方がカオサンでトゥクトゥクに、スワンナプームまで行けないか?と言っていました。エンジンの小さなトゥクトゥクでは高速にも乗れず、30キロ離れた空港までは選択されない方法です。通常はタクシーを選ぶルートで500バーツ程度だと思います。その時、トゥクトゥクがファランに提示していた価格は1000バーツでした。)
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また、こんなこともありました。
こんなにタイが暑いと知らず、長ズボンを多く持ってきてしまい、短パンの予備が少なかったため、カオサンロードにて短パンを買おうと思った時です。
イイ感じのががさっと吊るされていたので、色を物色していました。
そこで、これいくら?と尋ねたころ、提示価格は550バーツ。
550バーツ?2000円?
いやいや、いくら何でもタイでそれは高すぎるやろ!と思って、笑いながら、悪いけど無理や!Too expensive for meや!って言いました。
案の定「いくら?」って言ってきたので、「んー私としては、270バーツ(約1000円くらい)を思ってたんやが…」と言いました。何度か電卓でやり取りしながら450バーツまで下げてくれましたが、そっから下がりません。やめておきました。(それでも高すぎる)
短パンが無くて、すげえ暑いから、短いパンツを探してるんだよね、っていう会話もしたりしました。
ほかにもいい店があるかもしれん・・・などと道をうろうろしていましたが、やはり暑い。そして、なかなかいいのは無い。別の日にしたら、次に店に遭遇するのいつだろう(今ならTESCOとか行くんですけどね)。やっぱり今日あそこでゲットしとこうかなという気持ちになり、さっきの店に行きました。
すると、さっきと違うオジサンがいました。
多分店主っぽい方で、さっきも私の話を聞いてました。
「いろいろ考えたけどさ、やっぱりこれ、買うよ」
と私が言うと
「いくらで買うかい?」と言ってきました。
さっき450バーツが下限だったので、
「んー400バーツ」
といったらその場で「OKOK」といってくれました。
そのおじさんのまなざしが、
「悪かったなあさっきは。お前は履くもの無くて困ってるんだろ。」
というように感じられて、もしかしたら270バーツって言えばそれでも通ったかもしれないな…と思ったのでした。
交渉OK!いやならNOもいい!楽しく「コミュニケーション」気分、が良い方法
さて、かなり長くなってしまいましたが、まとめると以下のようになります。
・タイでは、施しをするのが当たり前の文化
・施しをしたほうは、徳が積まれていいことが起こるという考えから、高い値段を言うことに罪の意識はないかもしれない。
・もし提示価格が嫌なら交渉してもいいし、NOといってもいい
こういうことも心に置いたうえでタイを歩くと、少し高い値段を言ってこられても、気分を害さないで済むんじゃないかと思います。
というわけで、
トゥクトゥクと事前交渉の祭、バンコク市内のBTS3-4駅程度の距離で「200ばーっ」っていわれたら、(そんなに施せないよ、悪いね)ってココロで唱えながら
「オーゥ!100バーツプリーズ!ばっとアイルぎぶゆーチップ!」
などと笑いながら言えばいいと思います。(正直50バーツ程度でもいいと思いますが、雰囲気悪くなったらつまらないので。でもそこはお任せです。)
相手が受け入れてくれたらOKだし、取引成立しないかもしれません。コミュニケーションです。
タイのなんでもアリ感、体験してみてください。
今日書きたいことはそれくらいです。
もし何か参考になれば幸いです。
【補足】タクシーのぼったくりが、どうしても!嫌な方へ
こういうコミュニケーションはタイらしさを味わうためにとても良いと思いますが、正直、めんどくさい方もいらっしゃると思います。
その場合は、配車アプリ「Grab」をインストールしておきましょう。
乗りたい場所、行きたい場所を指定すると、その場所までの料金が表示され、OKなら近くにいる車にリクエストが出されます。リクエストを受けた車が迎えに来ます。
料金が当初から明確なため、合意価格より多く取られるという意味でのぼったくりは、ありません。
Grabの詳しい使い方については、いくつかのサイトに書かれています。
https://www.travel.co.jp/guide/howto/296/
早朝など流しのタクシーが少ないときには重宝しますが、今のところ都市部でのみ利用可能です。(ちなみに日本でも利用可能。JAPAN TAXIというアプリと連携しており、タクシーが配車されます)
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